本 殿

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天保八年(1837)京都下鴨神社の摂社である河合神社が、式年造替で社殿を造り替えしたときその部材を譲り受けて(譲り受け記録有り)、鞭崎神社本殿として生まれ変わった。本殿の柱に「河合」の墨書がある。また、賀茂御祖神社の古文書に記載されている各寸法とほぼ同一である。
三間社流れ造りで大きな構造となっており、加えて千木(ちぎ)と堅魚木(かつおぎ)が3組ずつある神社は珍しく、普通は2組の千木の間に、堅魚木がある。

 拝 殿

冒頭の明治30年3月に刻図された鞭崎神社の景に見られる拝殿は、形が現在の拝殿と全く同じであるが、いつごろに建造されたか記録がない。
昭和38年3月(1963年)に建て替えられた記録は残っている。
その後、風や寒さを和らげるため氏子様から四方を囲う「しとみ戸」を奉納頂きました。
また、氏子様で大津絵が大変上手い方がおられ、年末に干支の寅大扇を奉納して頂いた時、今にも襲い来るかと思う迫力ある虎の大津絵を描いていただき、それを見た参拝者皆様が大変驚かれました。
この氏子さまにお願いし、描いていただいたのは拝殿の折上げ格天井に力作30枚です。そして、1枚は大津絵ではないですが、地元の「矢橋帰帆の常夜灯」絵1枚と、昔、菅原道真公が鞭崎神社に参拝された折に詠われた詩一首が書かれています。
自由に見ることが出来ます。ぜひ参拝の時にご覧ください。

 表 門

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大正13年(1924年)4月15日付けで重要文化財に指定。
慶長年間(1596-1615)創業の旧膳所城の城門の一つで、明治四年の廃藩置県に際し、鞭崎神社(鞭嵜八幡宮)に移築された。かつては南大手門であったことが銘札から明らかである。形式は高麗門(城郭の出入口に設けられる城門の一つ)で、二本の本柱の間に間柱を入れ、潜戸を設け、内側の控柱とで構成される。屋根は本柱通りに切妻を掛け、外八双に開く控柱にはそれより低い切妻をのせ、軒丸瓦および鬼瓦には本多家の家紋である本多葵(立ち葵紋)が飾られている。柱・扉等の要所には鉄板を鋲打ちした強固な意匠になっている。建立は江戸時代中期と考えられている。

 表参道 鳥居

石造りの強固な鳥居。鳥居には旧「鞭嵜八幡宮」の額が掲げられている。

 裏参道

裏参道は鞭崎神社の南側に位置する参道。脇に大きな銀杏の木があるので秋にはこの参道が落ち葉で金色に変わる。

 臼杜神社(うすもりじんじゃ)

●祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)

現在の天皇さまのご祖先。太陽神、農耕神、機織神。

 貴船・金刀毘羅神社

●祭神 金刀毘羅大神(ことひらおおかみ)

大国主神でもある大物主大神。もともとはガンジス川に生息する鰐を神格化した名に由来している。海上安全の神である。

●祭神 貴船大明神(きふねだいみょうじん)

伊邪那岐神の御子であり、水の神。

 山末神社 と 杉下神社

●山末神社 祭神 大山咋神(おほやまくひのかみ)

山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)であり大主神の子、須佐之男命の孫。比叡山にもともと鎮座する地主神であり、日吉大社東本宮の祭神 である。

●杉下神社 祭神 蛭子大神(ひるこおおかみ)

七福神の一人である招福の神、恵比寿さん(西宮神社の祭神)と同一。伊邪那岐神、伊邪那美神の御子である。

 稲 荷 神 社

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●祭神 宇気母知神(うけもちのかみ)、倉稲魂神(うかのみたまのかみ)

五穀、食物をつかさどる神、伏見稲荷の祭神でもある。

 歴史遺物 保存庫


鞭崎神社に残る遺物や資材を保存している。年号を記した物は、歴史を感じて実に貴重である。

 宗 源 殿

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●祭神 諸々の神。

神仏習合であった時、祈祷所であった。神仏分離以降は氏子の功績があった方たちが祀られていると言われる。

 百 灯 舎

昔、八朔祭(はっさくさい)が行われていたと思われます。朔は1日の意味で八朔は旧暦8月1日です。新暦では9月末から10月初め頃で立春から数えて二百十日頃に当たり、風水害が無く豊作である事を祈願しました。
この祭りで百灯(モミの明かり)を献灯しましたが、その名残りが今に残っていて、祭事には百灯のランプを灯します。

 鞭 展示庫

鞭崎神社の鞭に由来する「鞭」を奉納頂き、現在5本展示披露しています。
・凱旋門賞出走馬クリンチャー調教鞭     騎手 武  豊
・北九州記念GV優勝ダイメイプリンセス   騎手 秋山真一郎
・第86回日本ダービー優勝ロジャーバローズ 騎手 浜中 俊
・第89回日本ダービー優勝ドウデュース調教鞭 調教助手 杉村士一
調教人馬安全・必勝祈願   元ジョッキー 調教師 福永祐一

 神 輿 庫
神輿庫の中には、大神輿1基、子ども神輿2基が収納されている。5月5日の例祭には蔵から出し、飾り付けて矢橋町全域を稚児と共に巡行、渡御を行う。

 狛 犬

 難 除 水

鞭崎神社創建当時から「神水」の井戸として存在していた記録がある。今でも、鞭崎神社境内や近隣の地下水は、清浄な水が湧く。

 神 馬

第39代大神正盈(おおがまさみつ)宮司が建部大社の宮司を兼務していた当時の愛馬。先の大東亜戦争中、金属の徴収があった時に国策に協力して徴発撤去されたが、 人類の恒久平和を希求して平成2年5月に遺族により再建された。
 手 水 舎
 社 務 所
社務所表札は、氏子の草川先生に親子二代にわたって揮毫して頂いた。
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